高知県本山町のお米・農産物・食材・特産品を通信販売している、地域食材創造館「旬菜工房もとやま」から安心安全をお届けします。
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高知県本山町
本山町は四国の中央に位置し、高知県の北部の町です。 吉野川上流域に位置し、北には石鎚山地が、南には剣山地が連なる、豊かな自然の町です。 また町内にはシャクナゲや桜の見所も多く、春には町の至る所が美しいピンク色にそまる、花の町としても知られています。土地の大部分を山地が占めますが、棚田を利用した米作りが古くから行われ、高知県内でも有数の米どころとなっています。
本山町には、西日本屈指の縄文遺跡である「松ノ木遺跡」があります。縄文・弥生時代の貴重な遺物も多数出土しており、歴史は古く約8千年以上前にさかのぼります。発掘された遺跡から、ここでの米づくりは、弥生時代に始まったと言われます。 また、本山町は早くから歴史の舞台として登場します。戦国時代、土佐七人衆とうたわれた豪族の一人・本山氏がこの地に本山城を築き、支配の拠点とします。四方を囲む山地が自然の要害となるこの地は、築城に格好の場所だったのです。しかしその後本山氏は長宋我部氏に破れ、この辺りは長宋我部氏の支配下に置かれます。 山内一豊が土佐に入国してからの藩政時代には、野中兼山がこの地を支配。「本山掟」と呼ばれる厳しい訓戒が存在したとも言われていますが、一方で兼山は白髪山から伐採した木材を吉野川で運び、借金の返済に充てるなど敏腕を振るいました。これにより本山町は、剣山地北部・嶺北地方の中ではもっとも早くからひらけた土地であり、今でも林業や農業、畜産などが盛んに行われています。 本山町の棚田 四国の中央に位置する本山町には、東流して徳島県に注ぐ吉野川が町の中心を流れています。その両岸には、幾多の支流が峡谷となって存在し、水田は、峡谷に添うように標高250mから750mの間に棚田で形成しています。 この地での稲作は、弥生時代に始まり、古より培われたその農業文化は良質な土壌を生み出しています。また、谷々を流れる清澄な水と剣山地・石鎚山地のもたらす激しい寒暖の差によって、生み出されるお米は豊かな自然力を確かな旨みとして食べる人に伝えます。 また、この棚田は、昔からの形状をそのままに現在まで受け継がれ、四国山脈を越える主要な街道の一つであった「北山越え」のルートにあたるこの地を通った幕末の志士「坂本龍馬」や坊さんかんざし事件で知られる「純信とお馬」もこの棚田風景を望み、心を和ませた歴史ある棚田です。
水田環境 本山町の棚田は、昔からの環境を守り続けています。水田の水源は、非常に綺麗な水質を保ち、今日では少なくなった土水路も多数存在します。また、減農薬の稲作を続けて来たことから多数の生物が存在します。 昨年の夏、県内各地から親子等を招待して実施した「田んぼの生き物調査隊」では、サンショウウオ、オニヤンマ、ホウネンエビ等多数の珍しい生物が発見され、本山町の環境のすばらしさ、この地で生産されるお米の安全などを証明する結果となりました。
本山町特産品ブランド化推進協議会ブランド化戦略 現在、本山町特産品ブランド化推進協議会(農家・県・町・商工会・農業公社で構成)は、お米のブランド化に向け、地域にある特色を見出し、付加価値の模索をして来ました。その中で「お米づくりに有効な蛇紋岩層がある」「棚田が90%以上である」「蛍・オニヤンマが飛び交う水田環境がある」「きれいな水」「おいしいお米の産地」などが取り上げられ、これらをどの様に生かすかを協議して来ました。 昨年、環境と食味を柱に取組みを進めようと、本山町産米の安全性と環境の良さを伝えるために県内各地から親子を招待しての「田んぼの生き物調査隊」の実施や、本山町産業文化祭で品種当てクイズを実施し、魚沼産コシヒカリや長野県産ミルキークイーンと本山町産米との食べ比べの調査も行いました。 また、米食味鑑定士協会が行う米食味分析鑑定コンクールへの出品や四国初の水田環境特A地区の承認、東京都玉川高島屋「スズノブ」での試食アンケート調査、さらに講演会、や先進地視察、市場視察などにも取り組みました。 今後の取組みとして、栽培面ではエコファーマーの認定の義務づけにより、環境保全型農業を地域全体へ広め、地元で生産される土佐赤牛の堆肥の使用や地元の生ごみを堆肥化したEM肥料のなどを有効的に使用する。また、毎年の土壌診断を義務化し、米づくりに適した土づくり、化学合成農薬と化学肥料(当地比で5割減)を減らした特別栽培米の生産を進める。さらに高知県の特色を生かした室戸海洋深層水濃縮ミネラル水稲栽培の取組みを進め、お米の甘みを向上させると同時に消費者へのアピールポイントの一つとする。 品質においても、食味を向上させ消費者に求められるお米へと成長させるため、通常の物より、大粒のお米を揃え、着色粒や被害粒を取り除き高品質なものへと創り上げて行きます。 販売の面では、東京都の日本一有名なお米屋さん「スズノブ」西島社長と共同でブランド定着に向けた販売を進める。この取組みによって、東京都において、一年間通じて店頭販売されるお米は、四国で初めての快挙となる。更に「スズノブ」以外のお米屋さんへも売り込みをして行き、高知県本山町のブランドとして定着させる。また、ホームページの制作で、本山町の水田環境や季節ごとの出来事、水田で生息する生き物などを全国に発信し、消費者との繋がりを広げ、ネット販売も展開する。 さらなる付加価値の追求について、米・食味鑑定士協会が開催する米・食味分析鑑定コンクールの入賞や環境王国の認定を目指し活動する。また、消費者を現地に招き、田植え体験や稲刈り体験、田んぼの生き物調査などを通じて、「(仮称)本山水田のファンクラブ」を創設、棚田の歴史や環境など、お米だけではなく地域全体が商品として、認識されるような取組みを進め、世界に一つOnly Oneの商品づくりへのスタートとする。 |
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